| 41号より 数珠 掃部光昭 数珠の落とし物が納経所によく届けられます。 ある方にたずねましたら、数珠は黒い服と一緒 にしまってあるといわれました。 黒い服?、最 初は何かと思いましたが、葬式に着ていく服の ことの様です。 お檀徒参りでお仏檀の前に座り、 ろうそくやらお線香をさがすのに、お仏檀の引 き出しや経机の引き出しをあけてみますと、か らまりあった数珠のたばにでくわしたりします。 首にかけている人がいます。ポケットに入れて いる人がいます。 やたらジャラジャラ摺り合わ せています。 お線香の煙で清めています・…・・。 さて、いったい数珠とは何でしょうか? 「じゅず」は漢字で書きますと、数珠・珠数・謂 珠・呪珠などと書き、別名を念珠ともいいます。 何のために使うのかといいますと、仏・菩薩さ まなどを拝む時、ご先祖さまを拝む時などに、 手に掛け、あるいは摺り合わすものというふう に、理解されていると思います。 しかし、それ では名前のうち、念珠としてだけ使っているこ とになります。 念ずる時に持つ珠としての使用 はそれでいいのですが、肝心の「じゅず」としては使われていないということになります。 漢字で書きますといろいろですが、要は数をとる 珠、諭した数をとる珠ということになります。 だ ら に ご真言・陀羅尼・ご宝号・ご名号などの数を、 この珠で数をとる、数とりとして使うのが、本来の「じゅず」の使い方なのです。 ですから、 大きさの違う珠がありますし、房のところにも 小さな珠がついています。指で一つずつ繰りな がら数をとりますので、正面を向いて拝むのに 支障のないよう、大きさの違う珠があって、指 がそこにくれば、自分の数珠に珠がどのように 並んでいて、いくつ数があり、目印の大きさの 違う珠がいくつめにあるのか、これらを知って おかなければなりません。 この話を法事の後に 話したりしますと、みんないっせいに下を向い て、自分の数珠を数えはじめられます。 なるほど、数珠の使い方はわかった、それで はわたしは何を何回唱えればよいのか?という ことになってきます。 これは各自の宗旨・宗派 によって違いがありますので、いちがいに言い きってしまうわけにはいかないのですが、天台 を例にとってみますと、仏・菩薩さまなどのご 真言、伝教大師さまのご宝号ということになり ます。 朝にお仏檀の前で、お寺参りをしてお堂 の前で、三べん、七へん、二十一べん、百八べ ん、千べんなど、自分にあった数を唱えます。 何 べんというきまりはありませんが、一べんずつ ていねいに、心を込めて唱えなければなりませ ん。 数が多いほどいいのではなく、その中味が大事です。 私は、毎朝、本堂のおまつりしてあるほとけ さまのご真言を各三べんずつ、最後に「南無観 世音菩薩」を三十三べん唱えることにしていま す。毎朝使っている数珠が最近、特に光ってき ました。 数珠はその本来の使い方をしないと、 くすんできて、光を失ってしまいます。 しかし 毎日、指で珠を一つずつ繰っておつとめに使っ ていますと、どんどん光り輝いてきます。 数珠 も光ってきますが、わたしはそれを使った人が 一緒に光ってくるものだと思っています。 心を 込めてほとけさまを拝める人は、知らないうち に自分を磨いて、光り輝いていっているのです。 皆様のお手持ちの数珠はどんな輝きをして いますか? そっとながめてみてください。 |