30号より 檀信徒
掃部光昭
新年の町を歩いてみますと、どこのご家庭にも青々と
した松がお飾りしてあります。
″松寿千年のみどり”と いう言葉がございます。
いかにもおめでたい言葉です。 ご存知のように松のように、私たち人間もいつもいきい
きとして長寿でありたいとの願いが、この言葉のなかに
こめられています。
松ほどたくましい樹木はありません。
風を防いでくれます。堤防に根を張って、水害を防ぐ一
端をになっています。
かと思えば、日本庭園のなかに堂々とした枝ぶりを見せ、風雅な情景をかもし出しています。
「法句経」というお経のなかに、盤石(いわいし)という句があり
ます。
一かかえほどの盤石
風にゆらぐことなし
かくのごとく
心あるものは
そしりと
ほまれの中に
心うごくことなし
このひとかかえほどの盤石を台座にして、しつかりと
根を張っている松の大木があります。
まるでダルマさまのようにドッシリと座っている松の巨木。
風雪にもたじ ろぎません。
善峰寺の遊竜の松のようです。
平成六年、松の心で今年を進みたいものです。
みなさんによいお話の一例をしましょう。
「住職さん、私はとうとうひとりぼっちになってしま
いました。
息子たちは独立して遠くに住んでいますし、
主人も仏さまのもとへ旅立ちました。
私、これから何を生きがいにして生きていこうかと考えましてね・・・。
住職さん、私に、仏さまにお供えする花づくりをさせてください。
お寺の裏山に花園を作らせてください。
こ れからの人生、仏さまの花づくりをして生きていきたいのです――。」
こう言ってKおばあちゃんがお寺にやってきてから、
はや十一年が経ちました。
お寺の裏山の草ボウボウの土地をコツコツと耕して作った花園には、一年中たくさん
の種類の花が咲いています。
Kおばあちゃんは、花をつんで、たばねて、お寺中の仏さまにお供えします。
ですから、仏さまの花はいつもいきいきとしていて、おまい
りに来た人々がよくこんなことを問いかけます。
「ご住 職、いつおまいりしても美しい生け花がお供えされてい
るので感心しているんです。
花代が高くつくでしょう?」 こんなときのご住職の応えは、「ええ、高いですよ。きっ
と世界中で一番高いでしょう。
高くてとても値がつけら れないのです。
もっと言えばこのお花、お金では宵早えな いんです!」ご住職の言葉を聞くと、たいていの人が不思議そうにだまってしまうのです。
ご住職が続けます。
「この花は、檀信徒のKおばあちゃんが身も心も打ちこ
んで作り、仏さまにお供えしてくださっているのです。
Kおばあちゃんは″仏さまのお花を作る″というその思
いだけあって、むろん、見返りを求める心なんてありま
せん。
私たちは、ついつい、仏さまのお花を作るのだか
ら、仏さまのご利益がありますように、なんて思いがちですが、Kおばあちゃんには何ひとつ欲はないのです。
この尊い浄行に値がつけられますか? つけられませんよね。
ですから、このお花はお金では買えないのです。
Kおばあちゃんは檀信徒(お檀家)のお一人ですが、
お檀徒というのはKおばあちゃんのような方のことをい
うのです。
菩提寺のために、お金では買うことのできな
い浄行でつくしてくださる方々のことをお檀徒(お檀家)と呼ぶのです。
Kおばあちゃんがときどき、「私は 何もお寺に寄付できなくてなんて申されるので、
『おばあちゃん、仏さまの花づくりという尊いご寄付をするお檀徒さんがいるこのお寺は、いつも輝いていますよ。』って言うのです。
Kおばあちゃんは、おまいりに来 た人々の中にも花を咲かせているようです。
『お金では買うことのできない浄行でつくして下さる方々のことを檀信徒と呼ぶのです』 (仏教スクールより)
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